第1章

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 門の前から仰ぎ見る限り、決して広大な敷地ではなかった。  しかし、手入れの行き届いた小さな庭、その奥にベージュとわずかに緑がかった灰色を配する屋敷が佇む様子は、控えめながらその家の主の洗練された趣味を物語っていた。  静かな菩提樹の並木通りに面しながら、その風景に違和感なく溶け込んでいる。  1830年5月。  初夏の緑が通りの石畳に涼しげな影を落とす季節になったライプチヒの街に、一人の青年が人を訪ねてやってきた。  彼の名はエルンスト・クリーゼル。今年で二十歳になり、ドレスデンの出身で作曲家を志していた。元はピアニストを目指し練習に励んでいたのだが、病により左手指の関節が不自由になってしまった。  だが、彼は音楽の道を諦めることはできなかったのだ。
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