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ーーーーいつからだろう。
食事へ誘う合図がボールペンの頭を五回ノックする事になったのは。
かぐやは猫のような眼差しを俺に向け、今日も五回ノックする。
たまに四回だけノックをして悪戯な顔で微笑む事もあるが、今日は確実に五回ノックをした。
俺は溜まっている仕事を片付け、上司に日報を提出する。
「なんだ、今日はやけに早いな」
「はい、たまには家族サービスをしようと思いまして」
「そうか、さすが天皇だな。お前ら夫婦はほんと仲がいいよな!毎日愛妻弁当だし……」
上司が部下の事を天皇と呼ぶと言う訳の解らない会話の後、上司は鼻がむず痒くなったのか俺の顔に向かって盛大なクシャミをした。
「ぶえっくしょん!」
飛んでくる鼻水飛沫を避ける事は出来ず、俺の顔は粘り気のある液体で埋め尽くされる。
その瞬間、俺はポケットに入れている懐中時計の蓋を指で弾くように開いた。
周囲の景色が五秒だけ巻き戻しされて切り替わる。
「そうか、さすが天皇だな。お前ら夫婦はほんと仲がいいよな!毎日愛妻弁当だし……」
この後だ。
俺は即座に上司の右側に回り込み、机の上に置かれているティッシュを数枚引き抜いて上司の鼻と口を覆うように差出す。
「ぶえっくしょん!」
鼻水飛沫は見事、ティッシュの中へ吸収されていった。
「おぉ……天皇、お前気が利くじゃないか!流石だな!」
「いえ、それじゃあ僕はこれで失礼します……」
そう言って頭を下げた俺は、三十分早く退社したかぐやの待つ喫茶店へ向かった。
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