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そうすれば、目の前のその人は動揺を隠せない様子で今一度俺のつま先から頭までをしげしげと、穴が開くんじゃないかってくらいに見つめ…最後には目を逸らした。
「えっと、確かに俺は太郎ですが、多分人違いだと…どこかでお会いしました、か…?」
気まずさに耐えられなくなってそう付け加えると、彼は俯いたままそっと後退した。
そして無言で俺の前に立ち尽くす。
まさに言葉も出ない、らしい。
…何かマズイこと言っちゃったかな。
表情の読めない男の人に俺は戸惑うばかりだ。
でも、勘違いで知らない男に抱きついたとなると、そのショックたるや計り知れないかもしれない。
「あの…」
何か言わなくてはと、とりあえず口を開いた時。
その人がパッと頭を上げた。
意外なことに彼は笑っていた。
俺はそれに一瞬ぎょっとする。
そして顔の前でパンッと音が響くほど勢いよく両手を合わせた。
「ごめんなさい!本気で間違えちゃいました!」
そう言って、頭を下げる彼。
「うわーマジ恥ずかしいホントにすみません」と、彼は笑いながら早口で謝った。
彼の雰囲気の変わりようにはじめこそ驚いて呆気にとられたが、人違いだとすんなり理解してくれたことにほっとする。
彼が朗らかに笑ったことで、先ほどまであった妙な緊張感も吹き飛んだ。
俺もあははとつられて笑った。
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