10年前

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「先輩!」 豊鉄の豊橋駅で大学前に向かうために電車を待っていたら声をかけられた。 振り返るとそこには、修士課程2年の後輩グッさんがいてにやにやしながら近付いてくる。 中肉中背。 そこそこの背の高さとサラサラの黒髪。 顔だけが少しふっくらとしていて年よりも若く見えるグッさんは僕の横に並びながらお花見の夜のことを聞いてきた。 岡崎公園で夜桜を見ながら学部生の近世ゼミの子達と僕とグッさん見知った人達で飲んだ夜のことを。 グッさんと同じ代のゼミ生の谷原さんという女の子が乱入してきて、フラれたと言いグッさんから酒を奪ってしたたかに酔い、僕が彼女を家まで送り届けたのだ。 「谷ちゃん、俺が送っていったと思ってたんですよ、有り得ないですよね。すげー酔っ払っててすっかり記憶もなくなってたみたいで、そんなことってあるんですね。普通、ちょっとぐらい覚えてても良さそうなものなのに」 「はっ?」 少しも覚えてない? 「どうかしたんですか? まさかゲロされたとか? あっ、まさかフラれて悲しそうだったから襲って癒してやったとか?」 「僕はグッさんじゃないからそんなことはしない」 「……失礼な! 俺だってしませんよ!」 やってきた電車に乗って、この前の夜の出来事をかいつまんで話したらグッさんが爆笑した。 「ぶはっ。乙川沿いで10年後に恋愛するって言ってたと思ったけど、そんなに具体的に指示されてるって、ありえねー。しかも全部記憶がないとかって! ウケる!」 どんなデートがしたいとか、プロポーズの言葉まで考えられた挙句に指輪まで渡されて……その記憶が一片たりとも残ってないとは。 恐れ入った。
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