夏の風はきっと雲を晴らしてくれる。

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「なぁなぁ、キミヒロの町って何があるんだ?」  スーパーへの往路、何の変哲もない街並みを何やら興味津々に眺めながら凪が尋ねる。 「何って言われても……何も無いぞ、うちの町は」  これといった観光名所も無ければ若者向けのレジャー施設も全然無い。あるのはせいぜいどこの町でも見かける全国チェーンの大型スーパーくらいである。 「何でも良いぜ。キミヒロが通ってた学校でも、キミヒロがよく遊んだ公園でも。キミヒロの過ごした町を見たいってだけだからさ!」  そんなことを恥ずかしげもなく口にして凪は屈託なく笑う。言われたこちらは照れ臭いを通り越して少し怖い。だってそんなことを笑顔で言われる理由が分からない。今日のことだってこうして気遣われた理由が分からない。更に言うならば── 「何で、俺だったんだ」 「え?」 「何でお前は、俺を幸せにするって、そう言ったんだ」  そもそも、どうして彼が俺を幸せにしようとするのかが分からない。  俺は信心深い性格でも無ければ、凪に出会うより以前にあの神社に行ったことも無い。  仮に『神様』として誰かを幸せにしなければならないというのならば、他にもっと誰かがいた筈だ。信心深くて、優しくて、可哀想な、そんな誰かが。  どうして俺だったのか。それが本当に分からない。 「別に大した理由じゃないぜ。ただ、そういう巡り合わせ、縁だったってだけ」 「縁……」 「あの日あの場所にたまたまオレが居て、キミヒロが居て……キミヒロが、寂しがっていたから。だからオレ、この人間にしようって思ったんだ」  太陽を背にし、逆光の中で、凪は眉を下げて淡く笑む。  寂しがっていた。……そうだっただろうか。よく覚えていない。嫌な夢を見ていた気はするけれど。 「──誰だって。『神様』にだって。一人は、寂しいから」  それがきっと全ての答えだった。  『お前も寂しかったのか』と、口に出して問い返すことは出来なかった。彼の心の柔い部分を傷付けてしまいそうで。
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