ゼロじゃなくてイチ

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「おまえ、なんで学校に来なかったんだよ。こんなの抱えて正門前で30分も立っているの、かなり恥ずかしかったんだからな」 学校前の道は車通りも人通りも多いから、人目を気にしながら大変だっただろうと申し訳なくなった。 「ごめんね。さっき起きたから、もう間に合わないなと思って」 そう言って私が寝癖の髪を撫でつけると、周防は納得したように頷いた。 「確かに寝起きって格好だな。じゃあ、約束を忘れていたわけじゃないんだ」 「忘れてないよ。あー、ごめん。立ち話もなんだから、上がって」 玄関先で花束を抱えたまま話し込んでいた私は、慌てて周防をドアの内側に招き入れた。 「お邪魔しまーす」 家の奥に呼びかけるような周防の言い方に昔、我が家に同級生たちが遊びに来たときのことを思い出した。 「今、うちの家族みんな出払っているから気を遣わないでいいよ」 私が客用のスリッパを出しながら言うと、周防は一瞬目を見開いてから大きくため息を吐いた。 「ったく、おまえは」 「え? 何?」 「なんでもない」 がっかりしたような周防に戸惑いを感じたが、何がいけなかったのか思い当たらない。 「うち、よく覚えていたね」 周防がうちに来たのは宿題の星座観察のとき、一度きりだ。 夏休みに近所のクラスメイトたちがうちに集まって、星座の下調べと称しておやつを食べたり、漫画を読んだり。 暗くなってから、うちの前の公園のジャングルジムや滑り台に登って星空を眺めた。 人工衛星をUFOと間違えて大騒ぎしたりして、本当に楽しかった。 「そりゃあね」 穏やかに微笑んで私を見た周防がやけに大人っぽくて、私は慌ててキッチンに逃げ込むことに決めた。 「コーヒー? 紅茶?」 給食の牛乳を飲んでいる姿しか見ていないから、飲み物の好みも知らない。 「じゃあ、コーヒー」 「笹川は今、メルボルンに留学中だから、今日来られないのを残念がっていたよ」 私の言葉にカップに伸ばしかけた周防の手が止まった。 「メルボルン? オーストラリアの?」 「そう。今年の9月から1年間の予定で行っているの。そうだ。写真」 私が携帯を操作して笹川が送ってくれた写真を探していると、周防がためらいがちに口を開いた。 「もしかして、おまえたち付き合っている?」 「え?」 私が動揺したのは、あの時の笹川の告白を思い出したからだ。
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