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揺れる電車の入口付近で、谷口章(たにぐちあきら)は外へ向けていた目を車内へと移した。
朝の通勤・通学時間だが車内は満員になることはなく、むしろ空いている。
ところどころ空いた席もあり、しかし章と同じように座らずに立っている者も居て、大抵そんな人の格好はこれもまた章と同じように制服に身を包んでいた。
肩にかけた鞄の紐が片方ずり落ち、それを持ち上げるタイミングで左足にかけていた体重を右へと移する。
お気に入りのヘッドフォンから流れる人気バンドの曲は、朝の少し気だるげな章の雰囲気とは真逆に、激しくビートを刻んでいた。
章は入口横に設置されている手摺へと寄り掛かるのと同時に、視線を一瞬走らせた。
座席の一番向こう端に座るのはクラスメートの藤田みのりだ。
太陽の光にあたる彼女の髪は、時にアッシュがかった茶色やベージュに見える。
今もまた、窓から差し込んだ太陽の光が反射した髪は金髪にさえ見え、章は思わずその眩しさに目を細めた。
肩より少し長めの髪がさらりと滑り落ちる。
それを耳に懸ける彼女は手にしていた小説のページをめくり、ほんのわずかだが口の端を持ち上げた。
気がつくのはきっと自分だけだろう。
章は毎日のこの瞬間をずっと見てきたらからわかると、考えなしにもそう思い、
くくっ、可愛い。
心の中でくつりと笑い、目を伏せるようにして彼女から視線を反らせた。
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