プロローグ

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  プロローグ    海辺の土は、固くて冷たくて、黒っぽくよどんでいる。波が押し寄せると、一気に柔らかさを帯びてどどっと崩れ、どんどん高さが失われていく。  僕は今、膝高のあたりまで盛った山が少しずつ崩れていくさまを、ぼんやりと眺めていた。他の海岸でも誰かが試みていそうなこの変哲のない破壊実験が、いまだけはすごく貴重だった。堪らないほどに、僕の心の何かを代わりに表現してくれているように思える。その何かというのは、自分でもよく分からない。もしかしたら、孤独という名の闇の一部だったりするのかもしれない。  誰かがそっと横に並ぶように座った。少しの風でも機敏に反応して揺れそうな、ひらひらのスカートを穿いた女の子。 「ここにいると、思っていたよ」  と、彼女は月齢二三の月に入った月をまぶしそうに眺めながら、ぽつりと言った。  クラスメートの美郷あい。星ヶ峯高校、二年D組。全クラスを通して、とりわけ女子が元気な組で、美郷もそのにぎやか組の一人だった。 「なんで、ここに?」  僕は時計を見て、言った。午後の八時半になろうとしている頃合い。海辺とはいえ、女子が一人で歩いているには相応しくない時間のはずだった。  ふと、後ろを振り向くと、柄や色こそ違えども、美郷と同じスタイルの上下をまとった女子が二人、忍び笑いしている姿があった。こちらもクラスメートだが、一度も話したことがない女子たちだった。 「散歩の途中だったの」  美郷が僕に振り向いて言う。 「散歩? こんな時間に?」  まさか、と思う。  しかし、仲間三人そろっての行動だというのならば、あり得ない事ではないような気もした。 「……お月さま、見ていたのね?」  何かを言おうとして思案を巡らせていた僕に美郷が機先を制するように言う。快活な微笑みが固定されたのは、海岸線のラインから少しだけ内側に設置された、天体望遠鏡だ。鏡筒が四角形で構成された、僕自慢の愛機。自作なだけに、愛着の度合いは一際大きいものがある。
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