僕の彼女はのら猫である

猫ふんじゃった

　今から思えば、その日の僕は多忙な仕事に追われ、いつになく注意力が散漫になっていた。薄暗く鉄さびの浮いたアパートの階段を登ろうと何気なく踏み出した僕の足元に、君が横たわっていたなんて知る由もなかった。
「何するのよ、痛いじゃないの。」
「あっ、すいません、ごめんなさい。」
「どこ見て歩いてるのよ。」
「申し訳ない、軽率でした。」
「あなた達は軽率で済むのね。随分いいご身分ね。」

　彼女の剣幕に押されたまま、僕は言葉を継ぐ事ができなかった。

「ああ、痛い。骨は大丈夫かしら。」
「どの辺りが痛みますか。」
「どの辺りも、この辺りもないわよ、踏みつけておいて。」
「本当にごめんなさい。ちょっと失礼。」
　僕は彼女を抱き上げると、そっと彼女の肩から腰にかけて撫でた。初めは戸惑いを隠せない様子だった彼女も、次第に体の力を抜いて心を開いてくれたようだった。