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「それじゃ、この前のおさらいから始めよう」
穏やかな声に続いて、ゆったりした琵琶の音色が流れ始める。
背伸びして竿に敷布を掛けていた翠玉はふっと顔を綻ばせた。
年老いた盲目の師父の語る声も、奏でる琵琶の音も、この妓家で耳にするもの中では例外的に優しい響きを持っている。
ちょうど、壁と壁の狭い間に差し込む陽だまりのように。
柔らかくも澄んだ音色の行き先を追うようにして見上げると、深い水色の空を小さな白い雲が横切っていくところだった。
真綿のような雲は、流されながらも少しずつ千切れて形を失っていく。
埃っぽい風が微かに吹き抜ける中、少女の目にふと光るものが宿った。
つと、琵琶の音色が止まる。
「じゃ、繰り返してごらん」
師父の声の後に、今度は幼く硬い調子に変わった琵琶の音が響いてきた。
翠玉は我に帰った体で竿に掛けた敷布を引っ張って伸ばす。
紅珠姐さんの次は私の稽古だから、ぼやぼやしてる暇はない。
敷布に残るひやりとした水気が荒れた小さな手に染みた。
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