始まり

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「―― じゃあ、お疲れ様でしたぁ、お先に失礼します」 「あぁ、桐沢先生、お疲れ様です。お気をつけて」   この日も倫太朗はいつものように通用口の詰め所にいる   警備の本間に挨拶し、臨床研修先の病院を後にした。   現在の時刻、午後5時半 ――   冬の夕暮れは早く、辺りはすっかり宵闇に包まれている。   ”うぅ~~、さぶぅ~”と、肩をすぼめ、コートの襟を   立てて、ふと、空を見上げれば ――   上空より何やら白っぽいふわふわした物が無数に   舞い降りて来る。 「あー、雪だ……」   道理で底冷えする訳だ。   知らず知らずのうちに猫背になって、家路を急ぐ。   桐沢 倫太朗(きりさわ りんたろう)25才。   この都立秀英会病院の初期研修医だ。   ここから徒歩十数分という好立地に建つ、   借り上げアパートの独身寮に住んでいる。 「―― ごめんなぁ、ちゃんと家で飼ってあげられれば  いいんだけど今のアパート、ペット禁止だから」   ここは帰る途中にある小さな児童公園。   2~3ヶ月程前からミケの仔猫が   住みついていて病院の職員食堂からもらっておいた   残飯を与えている。   猫が無心に餌を食べる可愛い姿に癒され寮へ向かう。   倫の住む第2独身寮 ”ローズハイツ”は、   1LDKと独身用の割には間取りが広々しているが、   築古で勤務先の病院から一番遠い為人気薄で   まだ3割強が空室のままだ。   そんなアパートの外階段が見えてくると、   それまで寒さの為せかせかしていた足取りも   幾分緩やかになり。   猫背もスクっと伸びてゆく。   そんな倫の近付く気配に気付いて、階段脇の   花壇に踞るよう腰掛けていた男が立ち上がった。   倫の表情が一気に曇る。    image=499537736.jpg
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