1.屋上

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 彼には音楽がどんな風に見えているのだろうか。  ふと彼に尋ねてみた。  彼はうーん、と唸り腕を組んで考え込む素振りをしたあと、首を傾げつつ言った。 「四角や丸の粒子に……色がついて、それが放射状? 違うかも、に散らばって空間に広がっていく感じ」  さっぱり分からなかった。すると彼はまたぶつぶつと何事かを呟き、それからポン、と手を打って言った。 「一言で表すなら、こう、パァァァって光って、パッて広がってフワーって感じ!」  ……なるほど、分からない。 「そんなこと言われても……なんて言えばいいのか」  彼にはどんな風に世界が見えているのだろうか。  ……きっと、色づく音楽の世界は彼だけにしか分からない、彼だけの特別な世界なのだろう。  どれだけの言葉を並べても、理解できることはない。 「どんな演奏でもそれなりの味があって面白いんだけど、中でもコンクールの演奏は一番だよね」  彼は楽しそうに言った。 「華やかで、どの演奏者もキラキラ輝いている。夢のような世界だ」  夢、か。  それからコンクールについて熱く語り、彼は突然こんなことを言い出した。 「ねえ、コンクール見に行こうよ!」  聞けば、週末に駅の近くのホールでピアノコンクールが開催されるらしい。 彼はそのチケットを譲り受けたという。枚数は2枚。同伴者を探していた。  ……コンクールか。正直あまり気乗りはしなかった。  しかし、結局彼に押し切られた。
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