第1章

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 それは夜も明けぬ刻、菊代は祠を見つけました。それは見るにも堪えぬおんぼろで、花瓶からは腐った植物が垂れ下がっておりました。草を分け入り近づくと、昨日の夕方まで降っていた雨の水滴が、着物の裾を濡らします。 「菊代、それはなんだい」 菊代が顔を上げると蒼太が不思議そうに見ています。 「なんだかわからん、今見つけた」 祠も非常に湿気を帯びて、触れれば水が滲みます。少しかびた匂いを感じ、思わず顔をしかめて、菊代はすくっと立ち上がりました。 「そろそろ家に帰らんと、母さまたちが起きてくる」 蒼太は「それもそうだな」と菊代に返し、二人で来た道を帰ってゆきました。  * * *  浅賀根神社のご神木の根元に生えた若木には、細い白い布と赤い布が縛ってありました。日も昇りきった頃にそれを見つけた巫女は、若き者の恋慕を思い、切ない気持ちになりました。 浅賀根神社には満月の夜、月が空の天辺に昇る頃、境内の若木に男は白、女は赤の布を恋慕う相手を想いながら巻くと、木が成長し枝が太り、その布を破く時、恋が成就すると言う伝承があります。赤と白が同時に巻かれたときは、大抵何かの理由で若き二人が引き裂かれるとき。生まれたときからここで暮らすその巫女は、知っていました。  風がふわりと髪を撫で、巫女は我に帰りました。熊手をカリカリと鳴らし、葉を集め始めます。葉は七日後に行われる無病息災の祈念に使われるのです。菊代の出発は、その日を待ってはくれません。  菊代の身売りが決まったのは四日前。京の遊郭へ入ることになったのです。その日菊代は迎えに来た者と、村を去ってゆきました。村の際まで見送りに来ていた両親は、泣きそうに笑っておりました。その後ろの木陰に立っていた蒼太の口が、「ずっと、待ってるから」と動いたのを、菊代は見逃しませんでした。  菊代は馬の背に乗せられて、その後ろには菊代を守るようにして、遣いの女が一人乗っています。両側にも女が一人ずつ。計四人の道中でした。馬の歩幅に合わせて揺られつつ、菊代は蒼太のことを考えておりました。「待ってるから」という彼と、若木に結んだ二枚の布。私も、また会いたいと・・・。
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