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「好きだったって言ってるだけで、今も好きだとは言ってない」 「そうは見えないけど」 「というか、その人が俺の歌を天使の歌だなんて褒めてくれたのは、声変りまで。声変りしてからは、耳障りで、醜い。聴きたくもない、だよ」  出来るだけ冗談っぽく言ったのに、周は眉を限界まで寄せてひどい、と低く声を出した。 「なにそれ。信じられない。どうしてそんな酷いこと」 「俺の価値はそこにしかなかったんだ。だから、天使の歌を歌えなくなった俺は必要ない……死んだも同然だった。価値のない歌しか歌えない自分が嫌いで、どうなってもよくて」  さっきは否定したけれど、やっぱり死にたかったのかもしれない。取り上げた眼鏡を手元で弄び、そう思い直す。  佐智から連絡が来るたびに、もういらないと捨てられることを予想して、代わりに増える仕事にがっかりした。自分でどうにかする勇気もなく、息をひそめて生きてきたこの十数年間。  けれど静かだった奏多のゆりかごは揺さぶられたのだ。 「なのにさ、首に手をかけられた時、怖くなったんだ。死にたくないって思った。馬鹿だよな、自分から挑発しておいて今更。せっかく消えるいい機会だったのに」  もうろうとしていた中で、恐怖だけをはっきり覚えている。息ができなくなっていて、眩暈がとまらなくて、体が動かなくなっていく中でもなお奏多を動かした衝動。  歌が嫌いで憎くて仕方なかった。辛いだけのものだったはずなのに、やっぱり――捨てられなかったのだ。  佐智に恩があるから無理やり付き合っていただけだ、と周には言ったけれど、そうではなかった。身が裂かれる思いをして、大好きだった人に手ひどく傷つけられても、それが奏多には必要なもの。
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