5 夢

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 自分では眠りつけないように感じていたが、少しは眠っていたらしい。最後に枕元の時計で確認した時刻が三時二十分。それが四時十分に変っている。その間の記憶がないので、おそらく眠りについていたのだろう。あるいは今が眠りの最中で先程から三十分経った夢を見ているのか。  夢について言えば、苑子が見る夢には非現実的要素が少ない。実際にはその類の夢も見ているのだろうが、憶えていなければ観なかったも同じだ。記憶している夢の背景は現実世界と地続きで、まったく同じでなくても、どこか似たような街があり、知り合いに似たような他人が暮らす。さすがに夢だから目覚めてすぐに整合性が取れていないことに気づくが、苑子はアラブの大富豪になったことも、あるいはかぐや姫になったことも、または人魚姫になったことも一度もない。それが現実的な夢の意味だ。性別も大抵は女で、視点こそ天空から見下したり、あるいは地階から見上げるようなアングルがあったが、せいぜいその程度の現実との差異だ。  淫夢を観ても実際のセックスまで到った経験が一度もなく、いつもその前に目を覚ましてしまう。一時期憧れていたテレビタレントと好い仲になったときには目覚めてから暫く悔しがったものだ。そういったことすら苑子の夢では稀にしか起きないのだから……。  苑子が毎夜観る夢は広い意味での日常生活の延長だ。だから時には高く、時には低く空を飛んでも、大気圏外まで飛び出すことはあり得ない。  苑子は理系の大学を出て理系の仕事を選んだが、自分の観る夢の意外性の無さにその事実が関係しているとは思わない。何故かといえば、世の理には従うが実は世の常識に囚われてはならないのが理系の思考様式だ、と常々考えて来たからだ。誰かが夢に見た内容がその時代の科学常識に反しても、それが研究の妨げにはなり得ない。もしそうでなかったならば鉄の船は永遠に海に浮かばなかっただろうし、また飛行機も空を飛ばなかったはずだ。だから苑子は自分を理系人としては二流以下だと考えている。が、それが事実なら、その事実を事実と認め、わずかでも良い方向に導こうというのが、今に至る苑子の立ち位置だ。昔からそう考えていたわけではない。三十五歳を過ぎ、数人の部下を管理する身となて初めて頭に擡げてきたのだ。
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