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「妾達は助けが来るのをずっと待っておるのじゃ。」
きらびやかな十二単に身を包み顔を品の良い扇で隠した平安美女が語りかけていた。その後ろには仕立ての良い束帯を着て右手に笏を持った男が背を向けて座っている。
そういえば今は2月の半だ。彼らの服装を見てもうすぐ雛祭りが近いことを思い出した。
「妾達をここから出してくだされ。それが叶わぬならば、せめて愛しい方の顔を見せてくだされ」
平安美女が扇を下ろす。彼女の目は包帯のような布で目隠しをされていた。背を向けている男をよく見ると、口もとから首にかけて白い布が見える。猿轡をされているのだろう。私は思案した。彼らは天井に写し出された映像のようなもので、手で触れられそうになかったからだ。だから、「貴女のいる場所を教えてください。今のままでは無理です」と返した。
そうすると男は無言で姿を消し、女は右手で静かに部屋の一点を指差すと悲しいすすり泣きを残して消えていった。
翌朝、嫌な寝汗をかいていた。それでも、昨夜のは夢だと思おうとした。だが、夢の内容を思いだし女が押し入れの天袋を指差していたのに気付いてしまった。
このボロアパートに引っ越してきたのはつい最近で、世間からブラック企業といわれてる仕事の忙しさのせいで荷ほどきすらろくにしていない。男の独り身なので、部屋の中だって寝床と炊事場と洗濯機と風呂とトイレさえあれば良かった。何が置いてあるのか見てない所もわりとあった。
今日は平日だが仕事は休みだ。時間もあるし試しに天袋を開けてみた。
そして、………その日のうちにアパートを引っ越した。
翌日、燃えるごみの日の朝、近所の奥様方がアパートの前で井戸端会議を始めていた。
「あのアパートの201号室、また引っ越したみたいよ。」
わりと若い女が隣の女に声をかけた。
「まだいるんじゃない?あんな死に方じゃ成仏できないだろうし」
声をかけられた中年女は興味なさそうに返す。
「そういえば聞いたかい?あそこで首を吊った娘さんの恋敵が昨日、交通事故で死んだらしいよ」
年寄りの女の話を聞いて中年女が嫌な笑みを浮かべながらポツリと言った。
「きっと、祟りだわ」
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