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枝をよけた左手をそのまま頭上で振って呼びかける。 人影がこちらを向いた。 「ああ、栗ちゃん。いらっしゃい」 外見と合っている落ち着いた声で、 横宮さんが挨拶を返してくる。 私は右手の袋に気をつけながら、 横宮さんの所へ急いだ。 ちなみに「栗ちゃん」は私のことだ。 もちろん、あだ名だ。 横宮さんの元へ着くと、彼はせっせとみかんの木の手入れをしているところだった。 このみかんは横宮さんが引っ越してくる前に、 ここに住んでいた老夫婦が植えたもので、 今も冬の頃になると実をたくさんつける。 そのまま落とすのももったいないということで、冬になると我が家にただでみかんが届く。 結構甘い。 「今年も美味しいみかん、できそうですか?」 「うーん、どうだろう。 僕はみかん農家じゃないからね。 …ところで、その袋は?」 めざとい。 中に入ってから渡すつもりだったのに。
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