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目の前に、美しい女が座っていた。感情を一切持たない人形のような顔で、俺を見ている。
俺という言葉を使った後でふと気づく。俺には『俺』に関する情報がない。
今こうして思考しているのは、一体どんな人間なのかがわからなかった。
手を見た。しわが多くそう若くないのがわかる。それから部屋を見回した。
白い壁に四方を囲まれ窓もない。肘を置いている机も腰掛けている椅子も白い。服も上下白かった。女の服も白い。この徹底は好ましかった。
「成功のようですね」
女は言った。そこにもやはり感情を含まない。
「君は、アンドロイドなのか?」
女の表情がかわった。目を細め口角がかすかにあがる。
「私を、お忘れなのですね」
ほんの一瞬垣間見た女の感情はあきらかに喜びだった。
女が椅子を転がし、俺の正面から移動した。机の中央に切り込みが入り、プロジェクターがせり上がってきた。女が側面に触れると、かすかなモーター音が鳴り始める。青い光が揺れる。
白い壁はそのままスクリーンになった。
突然ドラの音が鳴り響く。俺は思わず耳をふさいだ。
スクリーンに次々と写真が映し出される。子供のものであったり、学生のものであったり、犬や花、風景であったり、一貫性は感じない。写真は画面中央に積み重ねられていく。次々と重なるからじっくり見ることはできない。最後は不敵に笑う中年男性の写真だった。
目を凝らしてみる。写真の束に火が点いた。端から黒く変色し縮んでいく。
爆音の後で、立体的な文字が迫ってきた。
『記』
『憶』
『焼』
『失』
一文字ずつ出てきた後で『記憶焼失』と表示された。そして『焼』の文字が画面脇に転がっていき『消』と入れ替えられた。
少しの間を置き、場面は切り替わった。
びっしりと大きな書物の並んだ棚の前に、男は座っている。
「初めまして被験者のあなた、今のご気分はいかがでしょうか?」
男の声は、変声機を使っているのか異様に低い。
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