約束

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「黒崎さん、今日も持ち帰り頼んで良いかな?」 後ろを通り過ぎようとした私に、上司が持っている伝票をヒラヒラとなびかせながら声をかける。 「…あぁ、はい、わかりました。」 …誕生日に持ち帰りかぁ…と思いつつ、私はそう返事をしてその伝票を受け取った。 …黒崎飛鳥、今日30歳になったばかりの独身、最近パートとしてこの会社に入って得意先に医薬品や医療機器を配達する仕事をしている。 人付き合いがあまり得意ではない私としては単独で動くことの多いこの仕事は嫌いではない。 …自宅と職場がもっと近ければなお良かったと思うけど、遠い分こうして持ち帰りの仕事を頼まれて早く帰ることが多くなるからそれはそれで良しとするか…。 「…徳野中央病院…?」 私は伝票に書かれている得意先の名前を見て呟いた。 「…あ、納品に行くのは初めてかな?病院の場所は知ってるよね?」 私の呟きに気付いて振り返った上司が伝票を見ようと覗き込む。 その病院は地元の人間ならその名を知らない人はいないであろう総合病院だ。 「…はい…。」 私は伝票を見たまま返事をした…父が死んだ時に入院していた病院だった。 その病院を恨んでいるわけではない…父が死んだのは癌が原因であって、医療ミスがあったなんて話は聞いた覚えがない。 …でも配達するのに気が退けるのも無理ないな…と自分でそう思わなくもない。 「…えーと…。」 …それでも仕事は仕事だ、言われた通りに納品しなければ。 「…あ、これかな?降りるトコ。」 駐車場を進んだ先に地下へと降りる坂を見つけて降りていく。 話に聞いた通りに進み、納品場所と思われる部屋のドアをノックした。 「…ん?」 中からの反応が無く、開けようとしたが鍵がかけられていることに気付く。 もう一度ノックしたがやはり反応が無いので、もう一箇所ある納品場所へと向かうことにした。 「一階の薬局、か…。」 車に乗り込んだ私は納品する商品と伝票を助手席にあるカバンの上にポンと置くと、ゆっくりと車を進ませた。 しかしその地上へと戻る光景に私は思わずブレーキを踏んだ…子供の頃に一度だけ通ったという微かな記憶と結び付く光景だったのだ。 「…ここ…最後にお父さんと家に帰った時に通ったトコだ…。」
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