珈琲

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「珈琲は人生なんだよ」  友人が語り始めたのは、テスト勉強とかこつけて待ち合わせたファミレスでのこと。案の定勉強が捗るはずはなく、すでに入店から二時間ほど経過していた。 「どういう意味?」  たまにはいつものエセ哲学を聴いてやらんでもないなと思い、続きを話すよう促してみる。彼の目の前には本日三杯目の珈琲が置かれていた。傍には角砂糖とミルクが並ぶ。 「いや、大したことじゃないさ」  そう言うと、トングで角砂糖を持ち上げて見せた。 「楽しいこととか、好きなこと。そういうアソビの部分がこの砂糖で」  なるほど。となると、ミルクは何だろうかと期待してしまう自分がいる。何だか悔しい。 「ミルクはそうだなぁ。精神的に落ち着ける時間だったり、そういう人だったりするんじゃないか? な?」 「いや、僕に聞くなよ」  なんとも締まらないエセ哲学の完結に苦笑いしてしまう。当の本人は自身の演説に納得しているようで、満足そうにブラックのままの珈琲をすすり始めた。 「でもさ、人生の基本は苦味なんだから、その苦味を楽しめるようにならないといけないんだろうなぁ」  珈琲を眺めながら、彼がぼそっと呟いた。堂々と披露している時よりも余程良いことを言った気がする。苦味を楽しむ、か。難しいんだろうが、そういう大人にはなりたいと思う。 「なれるさ」  自分を諭すように話してみると、彼はニッと笑う。 「んでさ、楽しいこととか好きなこととか、落ち着ける時間だったりを取りすぎたら、人生自体が不味くなるんだよな」 「バランスが大事ってやつだな」  エセ哲学に乗せられている感じで少ししゃくにさわるが、珍しく筋が通っている感じがする。 「あー、もう少ししたら社会人か」  彼が背もたれに体を預けて伸びをする。僕が注文票を持って立ち上がると、彼がそれをスッと取り上げた。 「今日は俺が持とう」 「まぁ、注文したのお前だけだしな」 「……さ、行くか」 「ほい」  まだまだ春が遠い一月。店外に出て見上げた曇天のそらにも、何となく希望を感じるような気がした。 「人生は珈琲……か」 「ん?」 「いや、何でもない。これからもよろしくな」 「なんだよ、当たり前だろ」  彼の話でいうところ、彼との時間はミルクのようなものなのかもしれない。きっと、これからも。
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