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彼女は程よく冷めたシナモンパイに包丁を入れた。ザクリとした感触が包丁を伝い、それと共にフワリと甘い香りが広がり、思わず顔が綻んでしまう。
「ふふ…一時はどうなるかと思ったけど何とかなったわね。さてと…あの子に持って行ってあげましょうか。」
店で売っているケーキの1切れより少し大きめのパイをお皿に乗せ、窓付きが寝ているであろう部屋の扉を開けた。
「これは…」
窓付きに部屋を紹介した時、綺麗に片付けられていたおもちゃが床に散らかされていて、絨毯はあちらこちらに血の染みが出来ていた。そして当事者であろう窓付きはベッドの上で頭を抱え、フルフルと震えていた。
「どうしたの、窓付きちゃん…?」
部屋に入る前と入った後の、余りの様子の違いに戸惑いながら、優しく声を掛けて窓付きと目線を合わせた。普段そこまで大きく開けない彼女の目は大きく見開かれていて、瞳孔も開きっぱなしだ。腕から出血したのか、吸いきれなかった服の袖からぽたぽたと血が滴っていた。
私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない…
窓付きは只ひたすらそう呟いていた。トリエルが見えていないようで、酷く錯乱しているようだった。トリエルは、窓付きが驚いてこれ以上錯乱しない様ゆっくりと抱きしめて背中を摩った。
「窓付きちゃん…落ち着いて…もう大丈夫よ…。」
ぅ…ぁ……お…かあ…さ………
「大丈夫…私が来たからには誰にも貴方を傷付けさせやしないわ…。だから、落ち着いて…ね?」
トリエルは優しく頭を撫でた。彼女の体の震えは次第に止まり、何とか平穏を取り戻したようだ。
「大丈夫?私が見えるかしら?」
コクリと頷く。まだ声を出せる程には落ち着いていないようだが、充分の進歩と言えるだろう。
「良かった。待ってて、ホットチョコを作ってくるから。きっと気分も落ち着く筈よ?」
そう言って、トリエルは慌ただしく部屋から出ていった。
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