開戦三日前

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2050年9月1日 「また寝坊かあの野郎……!」 何度目ともつかない盛大なため息をつきながら、ぐったりと塀に背を預けて右手に持った携帯端末の画面に視線を落とす。 電源ボタンを押し込み、端末のロック画面を呼び出すとディスプレイの中央に表示された数字の配列を一瞥し、もう一度ため息を吐いてから灰地のスラックスのポケットに突っ込むと、沈み込みそうな気分をどうにかごまかそうと空を見上げる。 見上げた空には朝早くから地球の加熱に勤しむ太陽様が燦々と陽光と赤外線に紫外線その他諸々を地上に降り注いでいて、上げようとした気分を地の底まで叩き落としてくれる。 下降を続ける気分に反比例して上昇を続ける気温と、クリーニングから下ろしたばかりの制服にじっとりと滲む汗の不快感に耐えかねて、俺を熱烈な日差しの下にかれこれ十分以上放置してくれている悪友にメッセージで恨み言の一つでも飛ばしてくれようかという考えが鎌首をもたげた頃、ガチャリと塀の向こうから扉の開く音が耳に届き、壁に預けていた背を離す。 そしてぐっ、ぐっ……と一度軽くアキレス腱と大腿筋を伸ばし、腰の捻り具合の調子を確かめたところで軽く右足を後ろに引き、門から飛び出てくるであろうバカを待ち構える。 「いやぁ待たせたな!うっかり今日が始業式だってこと忘れて二時までダンジョンに潜ってたら完璧に寝坊したぜ!」 「待たせたな!……じゃねえよこのバカ野郎!」 「フグゥッ!?」 無駄に整った顔にいやに朗らかな笑顔を浮かべて飛び出してきた悪友の顔を認識した瞬間、腰を思い切り捻り、右足のつま先で地面を勢い良く弾き出し、悪友の憎きイケメンフェイスに遠心力を上乗せした上段回し蹴りを見舞う。 鞭のようにしなる右足は氷雨が間一髪で顔の間に差し込んだ両腕を強く打ち据え、数秒後にはとある街中で両腕を押さえながら悶えのたうち回る男子高校生という、奇妙な物体が目撃されたのだった。
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