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「それはいいけど。日向くん、具合悪いなら無理に登校してこなくてもいいんじゃない? 中沢先生に聞いたら、出席日数も単位も十分足りてるって言ってたし」
「ザワッちに俺のこと聞いたの? なんで?」
「だって、三年はもう自由登校でしょ? 日向くん、もう推薦でJ大に合格してるし」
保健室の常連の割には日向くんは成績のいい生徒で、素行も問題がない。
ということは、生活のリズムを崩したくないとか、家にいるとついだらけて勉強しないからという理由で登校しているのだろう。
保健室で寝る時間も一時間と決まっていて、だらだら居座ることもない。だから、彼が毎日のように保健室に来ていても、担任の中沢先生はまったく気にしていないようだった。
「ザワッちに誘われた? 夕飯食べに行くの?」
やっぱりモモとの会話を聞かれていたらしい。それか、中沢先生が話したとか?
「今は日向くんのこと話してるの。夜更かししてて眠いんじゃない? ちゃんと早寝早起きの習慣をつけておかないと。四月から独り暮らしを始めるんでしょ?」
「あーあ。なんで俺、J大なんかにしちゃったんだろう」
私の向かいの回転椅子にストンと腰掛けて項垂れた日向くんの頭頂部の髪を見つめた。
柔らかそうで触りたくなる。
いつも見上げている日向くんが座って小さくなっていたり、ベッドで寝ているのを見ると、無性に撫でたくなってしまう。
これって、母性本能なのかな。
「J大なんてすごいじゃない。独り暮らしは大変なこともあるけど、自由で楽しいよ」
「え? 胡桃ちゃんって独り暮らし?」
「うん。私、実家は東京なの。受かったのがこっちの大学だけだったから、大学から独り暮らしだよ」
成り行きで就職もこっちになったけど、親は帰って来いとうるさい。
でも、一度独り暮らしの自由を味わってしまったら、もう実家に帰る気にはなれない。
うちの高校は年俸制で、来年度の契約は更新しなかった。生徒たちには内緒だけど、私もこの三月でこの学校を卒業する。
四月からは東京に戻って、系列の私立高校に勤めることになっている。新しい職場の近くにマンションも借りた。
だから、新生活への不安や期待が渦巻く日向くんの気持ちはよくわかる。
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