エピローグ

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 結果的にのろけ話になってしまっていたけれど、渉は嫌な顔一つせずに最後まで聞いていた。利明は普段から昔話をするようなタイプではないからかもしれない。いつも未来の話や夢ばかり語る人だった。もう渉にとって過去の人となってしまった可奈恵の話は何であれ興味を引かれる話題だったのかもしれない。 「話が逸れたな。えーっと。チェス……一局だけ指すか?」 「じゃあ……一回だけ」  渉は時計をパソコンデスクの上に置くと利明の後ろをついてリビングまで降りた。その頃、法子はキッチンで先程飲んだのであろうコーヒーカップを洗っていた。カチャンカチャンカチャンと洗い終わったコーヒーカップを不機嫌そうな表情で食器乾燥機の中に入れていく。 「父さん……聞きたいことがある」  法子の様子をちらりと横目に見た渉は真剣な顔で利明に言う。 「……なんだ?」  折り畳み式のチェス盤と駒を準備する手は止めずに口は返事をする利明。――目線は渉の方を向かない。 「今、母さんが来てたんじゃないの?」  利明は無言でチェスの準備を進める。答えるつもりは無いようだ。 「不機嫌な姉さんと三つのコーヒーカップを見たら誰だって分かる。ねえ答えてよ。母さんが来てたんでしょ?」 「はあ……可奈恵の子供だな……。そうだな……こうしよう。今日はチェスに勝てたら渉の質問に答えるってのはどうだ?」 「道理で珍しく母さんの昔話をしたわけだ……」  今まで一度だって渉は利明にチェスで勝ったことは無い。つまり答えるつもりはないと言っている訳だ。 「いいよ……それで」  この日、渉は初めて利明にチェスで勝つことになる――。語られる言葉は渉を更なる謎に引き入れるとも知らずに――。  渡瀬渉というゲームにはまだまだ寄り道が存在する様だ――。  最短ルートを最速で――。渡瀬渉という人間の人生においてそれは許される事のない謳い文句なのかもしれない。
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