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ウルプシュラの森に咲くのは銀色の花だけ。野薔薇も百合も全てが銀色。
暖かな色彩の欠落した此処に、一人の魔女が住んでいた。
木々の合間の小道を進み、森の中心に造られた青水晶の門を潜ると、銀花で埋め尽くされた白亜の小城が建っている。
銀花の魔女とも呼ばれるウルプシュラの魔女の城だ。
薄暗い森を冷たく彩る銀の花々は、彼女が作る様々な薬の原料になる。
しかし魔女が自ら花を摘む事はない。
不思議な力を秘めた銀花は、摘む者が抱く望みによってその色と効能を変化させる。
つまり魔女の薬を求めて森を訪れた客は、自身の目で花を選び持参する必要がある訳だ。
魔女の名はツェルフロラ・エリュロイア。
長い漆黒の髪を無造作に垂らし、前髪の隙間から覗く銀色の瞳で全てを見定めている。
彼女は嘘や誤魔化しを嫌い、男女問わず成人の甲高い笑声を嫌い、ヒキガエルの心臓のスープを嫌う。
森と同化するかのような緑のローブに身を包み、年齢も不詳に見えた。
そんな彼女の噂――噂話に付きものの尾鰭の類いは定かでないが――を聞き付けて、今日も森を訪れる者が居た。
サマルという名の冴えない眼をした金髪の若者である。
目についた適当な銀花を引き千切るようにして彼が摘むと、小さな花は病で濁った血のごとく深い紅色へと変化した。
その魔法めいた神秘に驚きはしたものの――。
すぐに余裕の無い表情に戻ると、サマルは青水晶の門を探して、何処か薄気味悪い森を道なりに進む。
しかしどうした事か、どれだけ歩いても門の影すら見えてこない。
「血の色を魔女さんは拒んでいるね」
「ろくな望みじゃなさそうだ」
森で遊ぶ精霊達が囁く声もサマルの耳には入らず、彼等の姿すら見る事は叶わなかった。
焦りの滲む眼で天を仰いだ時――ふと、前方から草葉を踏む足音が響いてくる事に彼は気付く。
視線を真っ直ぐ前方へと戻すと、近付いていた足音も止まり――。
果たして小道の先には、緑を纏う魔女が居た。
「ああ、あんたが銀花の魔女さんか?会えて良かった。あんたの作る薬でどんな望みも叶うって聞いて、山一つ向こうの村から来たんだ」
早口で告げるサマルへと、ツェルフロラは鋭く細めた銀眼を向ける。
濁った血の色は陰惨な死に関わる望みを示す。叶えてやったとしても、碌な結果にはならない。
そうと判っているからこそ、城に入られぬよう同じ場所を廻り続ける幻術を施したのだ。
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