第1章

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「コーヒーパズル」 夕方に寝てしまい、明け方までパソコンをいじって遊んでいたネネが、コーヒーを入れようと階下のリビングに降りていくと、二十四になる弟のカケルが帰ってきていた。 カケルは一年前に実家を出たが、たまに帰ってくる。けれど姉のネネが弟の姿を見ることはそれまで無かった。カケルが家に来るのは、週末に趣味の登山を終えて山の麓で温泉に入り、夕飯代を浮かせようと夕方六時頃家に立ち寄る、と家にいる母は言う。ネネの日常といえば、五年勤めた会社を二ヶ月前に辞めて、今は失業中だ。昼近くに起き出して、飼い犬二匹と戯れながら朝昼ごはんを食べ、午後にネットで事務職の仕事を探す。週末は夕方五時過ぎに出かけて友人と飲んで帰ってくるのは終電近い。 それでもネネに、カケルが帰ってきたなというのがそのときに分かるのは、キッチンの換気扇の下に、コーヒーカップと灰皿が置きっぱなしになってるからだ。  五年働いた分の退職金があるとはいえ、無職で連日夕方から外出していたので母の目が険しくなりだしたと感じたネネは、その日は大人しく夕食を家で食べた。そして深夜過ぎに眠ろうとしたが睡眠は十分取っていたし、身体は疲れてないので眠れない。コーヒーでも飲もうとベッドで寝ているプードルたちを起こさないように階下に降りていくと、カケルがキッチンのテーブルに座りコーヒーを飲んでいた。 「来てたんだ」  後ろから声を掛けて前に廻ると、カケルはくわえタバコのまま片手だけ上げて答えた。左手には何やらチラシを持っていた。ふと目をあげて、タバコを口から離した。 「窓開けてるから」  口煩い姉に怒られると思ったのか、そう言う。ネネが後ろを振り向くと、なるほど窓が少し空いていて、外はまだ薄暗いがヒヤリとした早朝の風が静かに流れてきた。窓際には、コンセントの関係からその場に設置せざるを得なかったコーヒーメーカーがある。そこにはカケルが挽いたであろうコーヒーが少し残っていた。 「ラッキー」  ネネは戸棚からカップを取り出し、了承も得ずにコーヒーを注いだ。母親のカップコレクションの中から選んだチェコ製のピンクのコーヒーカップに、漆黒の液体を注ぐ。 「あ、これ濃いめだね」
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