文芸部は批評する

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 俺こと霧智 律(きりとも ただし)は一介の文芸部員で、ここはその部室だ。  パイプ椅子に座す俺の手には本……ではなくiPhoneが握られているのは、そんなに読書が好きではないからだ。  でも、この部は好きだ。正確にはこの部室が好きだ。静かで人通りが少なくて自分だけの世界を――  「レビューって、サイコー!!」  部室と廊下を繋ぐ扉が、ガララッ! と勢い良く開かれた。  さようなら、自分だけの世界。  少しだけ悲しみを覚えながら、俺は何事かと視線を扉の方へと向ける。  小悪魔――と形容して差し支えない美少女が、漆色の長髪を振り乱し、息を切らしていた。普段は絹のように白く美しい筈の肌が、今は紅く火照っている。  どうやら疾走してきたらしい。  「部長……一体どうしたんですか」  彼女こそが我が文芸部の部長――文直 奈緒(ふみじき なお)先輩だ。  「どうしたもこうしたもないわ! 私、気付いたの、レビューこそが最高なのよ!」  ズカズカと歩を進めた彼女は、俺の前で止まった。  小柄で細身――スレンダーな彼女の熱気というか気迫は凄まじく、俺は呆気に取られた。恐怖を覚えたと言っても良い。自然と身体は萎縮し、それに乗じて軋む椅子。  ――この方は何を仰っているのだ。  「どう思う?」  「どう……?」  「レビューって、いいわよね?」  彼女のざっくり切り揃えられた前髪の下――長い睫毛で縁取った黒く大きな双眸が、俺をしかと見つめる。視線の交錯。強い意志がまるで炎のように眼の奥で燃え盛っている。  何がどうして彼女のテンションはここまで高いのか……ともかく俺は部長の闘志に怖じ気付く。  「そ、そうですね」  作り笑いで取り繕うことで手一杯であった。  「そう、レビューは最高なの。レビューは」  彼女は俺から離れると、いつも愛用している錆びれたパイプ椅子に深々と腰掛けた。その顔は満足気で、ムフフと笑っている。  「……今日は一体どうしたんですか?」  意を決して、という表現が正しいだろう。俺は一瞬にして干からびた唇を無理矢理にこじ開けて、彼女にそう訊ねた。
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