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「あ、薫? 私、友香。ねえ、今夜、泊まっても大丈夫かな」
薫がなにか言う前にそう切り出していた。
薫も別に深く考えず、返事をする。
《いいよ。いいけど今夜は友香、あいつんとこでしょ。もうお開きになったの?》
薫は、井上のことをよく思っていない。
だから、いつも名前で呼ばないであいつという。
「ううん、まだ。あ、そうだ。さっき、渡辺君が帰って行ったよ。頭痛がするんだって」
《あっそ。渡辺ってさ、体はでかいのに、わりと柔なのよね。家に着くタイミングで電話してみる》
友香はうん、と空返事をしていた。
言わなきゃいけない。
薫にでさえ、言うのに勇気がいる。
《でさ、いつ来る?》
そう薫が訊ねる。
「あ、あのね。今夜、薫のとこに泊まるってことにしてほしい」
その後の言葉を濁した。
言いづらい。
しかし、薫はすぐに察したようだ。
《えっ、まさか。友香、あいつのとこに? あいつと寝るつもりなの?》
薫が大きな声を出した。
「うん。もう二時間もしたらみんな帰っていくから。いつも酔いつぶれてしまう渡辺君がいないから、チャンスなの」
そうだ。
井上の集まりにはよく友香が手伝いに駆り出される。
けど、いつも渡辺が酔いつぶれて、そのまま泊まることが多かった。
《なるほど、その邪魔者がさっさと帰ったわけね。今度、よく言っておく。酔いつぶれる前に帰れってね。今夜の渡辺の頭痛は、友香の念のせいなんじゃない?》
薫が笑って言った。
その笑い声に友香は少し安心した。
薫に反対されるのではないかと懸念していたからだ。
《ねえ、友香。本気なのね? 今夜、あいつとそういう関係になるってこと。後悔しないのね?》
薫は、井上が妙に古風で男尊女卑的な考えを持っていると指摘していた。
それは思いようによっては、男らしい頑固な性格だともいえる。
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