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如月友香は、携帯電話と財布を手にし、玄関で靴を履いた。
井上弘明の部屋を振り返る。
ちょうど誰かが言った冗談に、六人の男子大学生が大笑いしていた。
その笑いがおさまるのを待って、友香は井上に声をかけた。
「ちょっとそこのコンビニへ行ってくるね」
奥に座って笑っていた井上の視線がこっちに向く。
友香はその返事を待たずに部屋を出ていた。
今夜は、井上が映画のオーディションに受かったお祝いの集まりだった。
大学へ入ったばかりの頃、井上は街頭でスカウトされたことをきっかけに芸能活動をしていた。
雑誌のモデルをやったり、コマーシャルに出たり。
最近はドラマの端役ももらい、一応俳優の仲間入りをしている。
今回の映画は、1度もうすでに配役が決まっていたが、その人の体調不良のため、降板することになり、再度募集されていた役だ。
主人公の従兄ということで、セリフもある。
そんな井上の明るい前途を皆が喜んでいた。
しかし、彼のガールフレンドとしては、複雑な思いがある。
最近は大学を休んでまで、芸能界の仕事を優先している。
このまま忙しくなるようなら、休学することを考えていると洩らした。
そうなったら、友香から離れて行ってしまうような気がしていた。
ただ大学内を歩くだけで、百八十センチの長身、爽やかな笑顔の井上は目立った。
友香というガールフレンドの存在を知らない人は、井上に告白してくる。
それだけでも友香はやきもきしていた。
そんな井上が芸能界の仕事を全面的に始めたら、もう友香には手の届かない人になってしまうという焦りがあった。
だから、井上が別世界の人間になる前に、あることを今夜実行しようと決意していた。
コンビニは、井上のアパートから歩いてすぐ二、三分の大通りにあった。
夜九時を過ぎていても人家が密集して明るい外灯があるから、女性の一人歩きも怖くはなかった。
歩き出してすぐに携帯電話を取り出していた。
親友の杉下薫に電話していた。
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