雨に曝されて

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 初雪が降ってきた。今年もあと一月を切った日だった。  足音と、雪が積もる音以外は何も聞こえなかった。それでも時おり 車は通っていたし、いつもより別段孤独を感じるということはない。昼間お店の窓から随分と降っていたように見えた粉雪は、夜になった今にしてみれば歩くのに困るほどには積もっていなかった。足の下に伝わる感覚が季節を感じさせて、しばらくの間続いていくのであろう寒さに少々うんざりしながら息を吐く。白い倦怠が背後に流れていく様はどうでもよかった。  大きな湖を望む道を往きながら、右手の湖畔に目を向ける。手前の白く染められた桟橋や、向こう岸に広がる林にはモノクロ調の色彩が表れていた。湖の水も白と灰色の中間のような色を帯びている。波と雪以外が停止したその風景は何となく寂しかった。それでも少しだけ好きでもあった。ふと私は、昔読んだ小説の一節を思い出す。大好きなその一節を。  この世界に一人でいられる瞬間が一番幸せだ、そこがちっぽけな片隅でも。  ワンルームのアパートまで辿り着く。一階の自分の部屋までに二つのドアを素通りし、三番目のドアの前で立ち止まる。正確に言うと、ドアのすぐ目の前という訳ではなかった。  なぜなら私の部屋の前に、女の子が座り込んでいたからだ。  もちろん目の前に辿り着くまでに、彼女の姿は見えていた。黒のロングコートをかぶり、膝を抱えて座るその少女は、微動だにせずに小さくなっていた。始めは気のせいだと思いはしたが、その姿が見間違いではなさそうだと分かると、声をかけるにも何と言えば良いのかも分からずに、私のほうもまた動きがとれないでいた。  少女はすぐ隣で足音が止まったことで、部屋の主が帰ってきたことを悟ったらしい。すっぽりと顔を覆っていたフードを上げ、座ったまま私を見上げた。 「こんにちは」 「こんばんは」  思わず挨拶を返した。少女はそれを聞くとにっこりと笑った、猫が笑うような「クシャリ」としたような笑みだった。表情とは反対に彼女の顔色は暖かみを欠いていて、積もる雪と大差のない白さが目に焼きついた。 「あの、どうかしましたか」  見たところ高校生くらいだろうか。おそらく私より年下だろうことは確かだった。 「そのサボサンダルお似合いですね」
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