聞こえない。

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聞こえない。

いつもの朝だ。 今年の冬は中々寒くならない。 となりで寝ている主人を起こさぬように、自由に動かなくなった右足を引きずりながら身支度を整える。脳梗塞を患ってからは、右半身と耳に障害が残った。 子供たちは都会に出た。そして私たちは年老いた。優しい主人はいつでも私を労ってくれているが、私より2つ年上の主人も衰えは隠せない。 ポットに水を入れてお湯を沸かす。2人でインスタントコーヒーとトーストの朝食をとるために… みずやの引き戸を開けると侘しくなる。 インスタントコーヒーはもうほとんどない。砂糖も食パンもわずかだ。また買いに行ってもらわないと… 私達は年金暮らしだが、生きて行くのがやっとだ。いや…生きては行けない。税金は上がる。物価も上がる。年金は減る。何より医療費がかかる。子供たちにも家族がある。迷惑はかけられない。 私達の若い頃は、隣近所と助け合いながら生きていた。そういう時代だった。私も近所の老夫婦たちに夕飯のおかずを届けたり、買い物を代わりにしてあげたりしたものだ。あの時代なら今の私達も少しは暮らしやすいだろうが、時代は変わった。知らない人間なんて近づけない。 ふと視線を感じて振り返ると、夫が暗い顔でこちらを見つめていた。
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