聞こえない。

2/20
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
夫は私と目が合うなりにっこり微笑んだ。私を椅子に座らせ、顔を近づけて… お・は・よ・う 耳の聞こえない私の目に挨拶してくれる。退院後の日課の一つだ。 「おはよう」 うまく話せているかは定かではないが、声は出ているようだ。 2人でインスタントコーヒーを飲む。私はこの時間が好きだ。夫の顔をしっかり観ると大抵何を話しているかはわかる。それは夫婦の歴史がそうさせる部分が大きい。こんな時には何を思うかまでわかってしまう。 空になったインスタントコーヒーの瓶を振りながら、後で買っておくね。と主人は言う。そして誕生日おめでとう。とも言ってくれた。 忘れていた。もう誕生日が嬉しい年齢でもないが、主人の気遣いに自然に笑みが溢れる。 実はプレゼントがある。とも言ってくれた。今日は遠出をするそうだ。天気もいいらしい。ずっと切り詰めた生活なので、何処かに出掛けるなんて事。すっかり忘れていた。 「ありがとう。」 この人と一緒になれた私は幸せだ…
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!