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「……駆け落ち……? え、でも……」
「僕との婚約は、彼女も僕も望んだもののはずでした。
それは決して会社のためだけでなく、僕ら個人の気持ちによるものが大きかったはずなのに……」
いつの間にかわからなくなった。
彼女が大切なのは本当だけど
それは彼女の何を見てそう思うのか
そう。
僕にとって、彼女は出会ったときから『社長の娘』であり
自分でも気づかないうちに、その立場なしに彼女を見られなくなってしまったのではないだろうか。
彼女はそれに気づいたのか。
僕よりも、ずっと早く。
思えば、社長の娘という立場を生き続けた彼女にとって
『仕事とどちらが大切か』という問いは
ありきたりな責め言葉以上の意味を持っていたのかもしれない。
「……一人娘を失った社長の悲しみは計り知れないものでした。
僕は敬愛する社長の力になろうと、支えようとして、きっと何より大切なものを壊してしまった……」
「…………課長」
「それから時おり社長は身体を壊すようになり、業務については当時の専務が代行し、その頃からいくらかの力の分散や対立が起こりはじめていました。
もちろん、その頃は社長の力は絶対でしたが。
でも僕は……結局、会社を去りました。僕の働く場所は、もう……残されてはいなかった。
僕は……自分で自分の大事なものを壊し、それから逃げたんです」
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