スマホロイド起動

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1  覚醒は虚無の海のような感覚だった。空漠とした意識の蘇生は、明らかに日常の感覚とは乖離していた。  肉体の深淵が過去の記憶を封印しようとしている。  脳の中枢神経は、新しい自浄能力を作動させようしていた。  それは、まさに未知との遭遇だった。人工記憶巣と自然記憶巣のせめぎ合いであった。  だが、それはほんのわずかな一時的な干渉反応であり、3秒後には、融合され、昇華状態となった。  心拍数と血圧は上昇したが、すぐに正常値に戻った。  肢体に軽度な麻痺感覚があった。  人工代謝機能が、交感神経と副交感神経の調整を強制的に実行している。  膨大なアルゴリズム乱数が蓄積されていく。500種類を超すアプリケーションをダウンロードするための前段階である。  所要時間は一瞬だった。  麗奈は、頸椎から心臓にかけての血管内に、清涼感のある水流を感じた。ダウンロード状態にあることを認識した。  これには時間を要した。  しばらくして膵臓が弾けるような衝撃を覚えた。  麗奈は、己の肉体がスマホロイドへ転換した事を悟った。  全身の五感がまだ凍結しているのか、自分の意思が末梢神経まで伝達できない。瞳孔だけを、かろうじて動かす事ができた。  四肢の毛細血管と電子神経の融合反応が、まだ完全ではないことを教示していた。  それでも、人間の意志の力は機械のそれを凌いだ。  麗奈は本来の自分の脳を駆使して、顔を動かそうと試みた。  首と手の指先がかすかに動いた。  僅かしか動かせない理由がすぐにわかった。  Xの字型の固定式ベッドに両手足が拘束されている。全裸のまま仰臥しており、手首と足首に鋼鉄製の手錠が食い込んでいる。首にも鋼鉄製の太いリングが装着されていた。側頭部には電極コードが接続されている。  麗奈は思いだした。  ここはスマホロイド製造室。  バトルルーレット用のスマホロイドAiがここで誕生するのだ。  その時、男の低い音声が流れた。 (赤の16番。柳下麗奈、19歳!)  同時に拍手も聞こえた。  複数の卑猥な視線を麗奈は感じた。すぐそこに観覧席はないが、大勢の客の存在を、天井のカメラレンズ越しに認識できた。  だが見られているのは彼女だけではなかった。  男性18体、女性18体全てが同一条件でモニタリングされているはずだった。  アナウンスが流れた。
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