夢の人

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 夢を見た。  夜の町中、塚の上。桜が舞う中、月下の人。  俺を見下げるその人は、半袖のシャツを風になびかせ、静かに語る。  「今夜は――月。出歩くな」  その人は月の状態を言ったはずだが、聞き取れなかった。空の月は、ぐるぐると新月から朔までを繰り返している。星々も廻って、光の輪。  「あなたは誰ですか」  訊ねた声は届いたのか。わからないまま、夢が終わる。終わる寸前、満月の下でその人の眼鏡の縁がキラリと光った。  ――と言う夢だった。  普通の夢とは違う印象だ。いつも見る夢はもっとあやふやなもので、会話が成り立たないとか、相手も俺も日本語が崩壊している。それに背景は殆どない。  それがいきなりフルカラー天然色の写真のような背景に、一部聞き取れなかったとはいえ、きちんとした言葉を使ってきたものだから、俺はしっかりと覚えていたのだった。  「お前、今日不審者に会わなかったか」  夢を見た日の夕方。放課後に神社へ寄ると、社の中から先輩が出てきて言った。  「また勝手に社の中に入って……怒られるっスよ」  「うるせえな、とにかく答えろよ」  余裕がなさそうだ。素直に答えることにする。  「会ってないです」  俺が答えると先輩は怪訝な表情を見せた。  「思い過ごしならいいんだがな」  「どうかしたんですか」  先輩は少し言葉に詰まって、俺を見た。真正面から見た先輩の顔に、ドキリとした。
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