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姫路城下の桜は、もう葉桜の季節を迎えていた。
朝は穏やかだった春の日差しも、正午を過ぎると、次第に、肌を刺す初夏の力強さが増して来る。
その日城下では、熊本の人達を支援しようとイベントが開催され、大手前公園では200ブースを越える数の店舗が出店するフリーマーケットが行われていた。
「おい」
「なんだ、モグモグ」
「ここのブース代、無料なのは、復興支援するからだよな」
「そうだ。モグモグ、売り上げを被災地に全部、モグモグ、寄付する決まりだ、モグモグ」
「劉備(りゅうび)」
「だから、なんだよ、モグモグ」
「お前、さっきから、売れる度に売り上げでイカ焼き買って食ってるけど、張飛(ちょうひ)に許可貰ってる?」
「うるせー、これは必要経費だ、お前も買っていいぞ、張飛には俺がバシッと言ってやるから心配するな」
「そうか、なら、バシッと言ってくれ」
関羽(かんう)が劉備の後ろを指さしながら、呆れたように顔を背ける。するとそこには、仕入れを終わらせて戻って来た張飛が立っていた。
「ゲッ」
「ゲッじゃねーわ、劉備」
「はい」
「お前、なに勝手に売り上げを使い込んでいる」
「違うんです、これは」
「これはなんだ」
「あの」
「あのじゃねーわ、お前が言い出したんだろ、募金するって」
「だって、いい匂いがするんだもん、醤油とみりんと砂糖が、イカのタンパク質と共に焼ける、絶妙な匂いが漂ってくるんだもん、仕方ないジャマイカ、文句を言うなら、隣の一ノ瀬ってイカ焼き屋に言ってくれ」
「全然言い訳になっとらん」
張飛は劉備をひと睨みすると、手に持っている袋を劉備の鼻先に突き出す。
「なんだよ、また俺かよ」
「使い込んだ罰だ、この石に全部、念入れて来い」
「張飛もやれよ」
「俺が念を入れたら、強すぎる。お前か関羽ぐらいが丁度いい」
「だってさぁぁ、関羽ぅぅ、お前がやれぇぇ」
劉備が関羽に振り向くと、既に関羽の姿は忽然と消えていた。
「くそぉぉ、はいはい、わかりましたよ、やればいいんでしょ、やればよ、けっ」
劉備は悪態を吐きがら、張飛が突き付ける布袋を乱暴に掴み取り、ブースの奥に設置されているテントの中に入っていった。
「おーい、張飛」
「なんだ」
「お客さんだよー」
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