第1章

2/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
なぜだろう。 初めて乗った電車なのに、デジャブのようだった。 夕立の香りが漂う季節になったけれど、別に何が変わったわけでもない。私は相変わらずここにいて、過ぎ去った時を眺めながらも、足は明日に向けて歩みを進め続けていた。 窓の外に走る景色をぼんやり眺める。その視界に一瞬現れた駅名。 あと四つだ。 急行は本当に速い。 「……」 同じ車両に乗っている人たちのほとんどが、手元のスマートフォンに視線を落としていた。話し声は無く、線路とタイヤの擦れる音だけが車内に響く。 つまらないその音に聞き飽きて、私はおもむろに鞄から音楽プレーヤーを取り出す。イヤホンをすると、外の音はくぐもって意味の無い不快感だけを残した。もうそんなに乗車時間も無い中でわざわざ曲を選択するのも面倒になり、私はただシャッフルボタンを押した。流れ出したのはとても親しみのある音楽。最近は飽きて聴かなくなった曲だった。 時計を確認する。待ち合わせ時間ぴったりくらいになりそうだ。 電車がトンネルから抜け出すと、最近強くなった日差しが私の目を焼いた。またあの季節がやって来る。 同じ電車。 同じ風景。 同じ季節。 けれどもう私は制服なんて着ていない。「次は横浜、横浜です」 アナウンスの声を聞いて、私はふと、この電車の行き先を探した。 そして見つけた名前に思考回路が遊び出す。 このまま電車の揺れに身を任せて、空の港まで辿り着いて、そのまま何処か知らない場所へ飛んで行く。 出来るはずも無い計画を立ててひとりで小さく笑みを漏らした。 それはあまりに現実からかけ離れた、現実からの逃亡計画。馬鹿らしい、私には外の国に行く力なんて無いのに。 不意に曲が変わった。 懐かしくて、懐かしくて…もう何年も聴いていない曲。 明るい陽の光を前にして、ピアノが柔らかく響いた。 私は何を考えることも無く、ただ音楽プレーヤーを止めてイヤホンを外す。遮断していた世界の音が飛び込んでくる。 慣性の法則に従って体に負荷がかかった。私はおかしな妄想を何の躊躇も無く消し去って、予定通りの駅で降りた。 音楽プレーヤーを握る手に力がこもっているのに気付き、私はそれをそっと鞄に戻す。 心臓の音がする。 音楽ひとつで、何をそんなに動揺してるのだろう。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!