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「お父さんが・・」彼女は虚をつかれたような顔をした。
「会長は君のことを一番心配しているんだ」
「そうなの・・でも、祐二さん、私のことは心配しないで、あなたに迷惑をかけるつもりはないから」
これ以上、彼が親切にしてくれたりしたら、彼女は自分の感情を抑えられなくなるような気がして、それが恐かった。
こうして、今いるだけでも気持ちが揺れ動いてしまうのだ。
「困ったときは、僕に言ったほしい」と彼は言った。
「ありがとう」と彼女は言った。
「これで帰るから、気を落とさないでほしい」と言うと、彼は立ち上がった。
彼女も立ち上がった。
二人は、しばらくたたずんでいた。
そしてどちらともなく、抱き合った。
彼女は泣いていた。彼はその涙をぬぐうと、キスをした。
時間が止まったように感じられた。二人は強くお互いを抱きしめた。
彼が手をほどいた。
彼は苦しげだった。
「さようなら」と彼は言った。
「さようなら」と彩也子は言った。
彼が帰ったあと、彼女は放心状態になった。
父の命はあとわずか・・
やっと会えた父なのに・・
誰が私を守ってくれるのだろうか。
祐二が去り、そして父もいなくなったら、どうなるのだろうか。
祐二が自宅のマンションに帰りつくと、由美が待っていた。
「今日は早く帰ってきてくれてうれしいわ」と彼女が言った。
「ああ」と祐二は疲れた表情で言った。
まだ、彼女とは同居はしていないが、週の半分くらいは泊まっていくのだった。
彼女は夕食の用意をしていた。
「ねえ、そろそろ、一緒に暮らさない」と彼女が台所に立ちながら言った。
「いや、それはだめだ」と祐二が即座に言った。
「なぜ?」由美が不服そうに言った。
「会長の病状がだいぶ悪いんだ。これからいろいろと大変になる」
「私たちの生活は、それとは別でしょう?」と由美が怒りを含んだ声で言った。
「聞き分けのないことを言うなよ」祐二も不機嫌に言った。
彼の様子に彼女は不安を感じた。
「彼女には逢わないでしょうね」と由美は言った。
「彼女って?」
「彩也子さんよ」
祐二の顔が硬く緊張した。
由美はそれを見逃さなかった。
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