チェシャねこ

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「わあ、この絵、みぃくんが描いたの? 上手ー」  りかこ先生がぼくの絵を見て誉めてくれた。  街灯の灯りが、暗い夜道でもお絵かき帳のページを明るく照らしている。 「うん。うちによく来るねこ。なんかね、わらってるの」  ぼくはお絵かきが上手。お絵かき帳はぼくの宝物だけど、ママとりかこ先生にだけは見せてあげる。 「笑ってるみたいな顔した猫? あはは、チェシャ猫みたいだね」   先生がぼくにお絵かき帳を返しながらそう言う。 「てしゃねこ?」 「チェ、シャ、ね、こ。不思議の国のアリスってお話に出てくる猫なのよ。いつもこんな風にニヤニヤ笑ってるんだって」 「ニヤニヤじゃないよ、シシシシってわらうんだ」  ぼくがお絵かき帳を受け取って保育園のカバンにしまうと、先生が目を見張って息を飲んだ。 「み、みぃくん、その手首どうしたの。ミミズ腫れみたいになってる……」 「…………」  どうしよう、見られちゃった。  口ごもったぼくを覗き込んでくる悲しそうな目が、なんだかすごく嫌だ。 「……今日もお迎えに来ないから私が送ってるんだよ? もしかして、お母さんが縛った?」  ぶんぶんと頭を横に振る。  そんな目をしないで、りかこ先生。大好きな先生にはいつも笑っててほしいのに。  てしゃねこみたいに、シシシって笑って。 「……うちの保育園でこんな事になるわけないし、みぃくんの親御さんってお母さんだけでしょ?」  もう一度頭をぶんぶん。  だってぼくにパパはいる。いっぱい。  一番新しいパパはお兄ちゃんみたいでカッコよかった。ここのところ来なくなったけど。  ちょっと前のパパはおじさん。その前は大きくて怖いパパだったし、その前はいつもお酒臭いパパでその前は……ええと。  とにかく全部ママが『あんたのパパだから』って言ったから、あの人たちはパパなんだ。 「ねえ、正直に話して。お母さんはみぃくんに優しい? その……叩いたりとかしない?」 「しない。ママのこと、好き」  眉をひそめて、りかこ先生が口をつぐむ。 「先生あのね、きのうね、輪ゴムで遊んだの。いくつ手に巻けるかやってみて、痛くなったから取ったの。そしたらあとがついただけ。ほんとだよ」 「……もういいよみぃくん。今度ちゃんとお母さんとお話する。園長先生にも立ち会ってもらって……」  もういいよって言われてぼくはホッとした。
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