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「ああもう……やばかったよ!ナツがジロジロ見るからさぁ」
茉由子の声を聞きながら、意識の隅で彼の姿を追う。
気づかなかったけれど彼には連れがいて、コーヒーを飲みに来たらしい。
彼はコーヒーを片手に年配の男性と言葉を交わしながら、少し離れた場所のテーブルまで歩いていった。
「ナツ、もしかして皆川さん知ってんの?」
「いや……まさか、全然……まったく」
久しぶりに声を出したように口がからからで、しどろもどろになった。
「ね?いい男だけど氷みたいじゃない?もう行こうよ。サボり常習犯とか思われたらまずい」
茉由子に促され、上の空で立ち上がる。
お盆を持つ私の手はカタカタと震えていた。
あの癖のない黒髪のさらりとした感触を私は知っている。
あの少し薄めの唇が、理性を狂わせるキスをすることも。
意識の底に押し込めていた記憶が次々とよみがえる。
食堂を出て茉由子と別れ、職場に戻っても、私は上の空だった。
彼も間違いなく覚えている。
あれはお酒で記憶を無くすようなタイプではない。
氷なのか、炎なのか。
私は何に触れてしまったのだろう?
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