第4章

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店長さんの母への挨拶を済ませて帰ってきた運転手さんは、休む間も無く、行きますよと言い残して店から出た。 「また来なさいよ」 「はい、また来ます」 店長さんは笑いながら手を振る。 私は手を振り返したが、その時運転手さんはすでにタクシーに乗り込んでいた。 運転手さんの表情はすでに運転をする時の無表情に戻っている。 その無表情からはどんな想いでいるのかが全く見えて来ない。そこにさらに輪を掛けてさっきの話を思い出し、胸が締まって苦しくなった。 「行きますよ」 「はい」 私は助手席に座る。 店長さんの母に救われた運転手さんは多くの人を救ってきた。 そして今もまた私を救ってくれている。 けれどそんな自分を見せたい人がもうこの世にはいない。 タクシーが動き出してしばらく、私は声を出せずにいた。 乗り始めの時とはまた違う無言の雰囲気が車内に充満する。 運転手さんはそんな気配を察したのか、少し窓を開けた。 そして突然口を開く。 「生きる意味がないなら、誰かのために生きなさい」 私は運転手さんを見た。 そしてその言葉の意味を考える。 「さっきの店にいた美子さんのお母様から頂いた言葉ですよ。その様子ですと、私の話を聞いたのでしょう。美子さんは口が軽いから」 信号待ちになり、運転手さんはやれやれと言いながら困ったような仕草を見せた。 「私はね今幸せですよ。とても、とっても幸せです。だから変に勘繰らないでください」 「ごめんなさい」 私は素直に謝った。 運転手さんには私の考えていること、全て見えているから。 「私の中にはね、今もあの人がいるんです。行動であったり、言葉であったり。だから会えなくても悲しくないんですよ」 分かりますかねぇ。 頭を掻く運転手さんに私は、少し分かるような気がします。と伝えた。 これからの人生、私の中にもきっと運転手さんの存在が残り続ける。 会えなくても残り続けるーー
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