家出の理由

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「ただいま」  事件が起きた。なんのまえぶれもなく、とつぜん。  わたしの目の前に、クマのような、ふさふさでへんてこな生き物があらわれたのだ。 「ジロー? の、ゆうれいだ」 「ちがう。いきてるので、いきジローです」  言葉が詰まって、うまく声が出ない。 「なんで? 出ていったの? どうして? 帰ってきたの?」  ジローは、にぃっと白い歯をみせた。  あのときみたい。  あのときって、いつだっけ? 「おこめつぶ、そだてたのです。こめだわら、つくったのです。これで、うえじにしない。よかったですね」  ジローがくるりと背中を見せた。誇らしげにぴしっと背筋を伸ばしている。  そこには、おおきな、おおきな、米俵。 「あ」  あの日のわたしのいじわるに、長いまつげを瞬かせたジローがよみがえる。  ぽとり。と、涙が一粒こぼれ、どんどん水が溢れ出す。  生暖かい、しょっぱい水。  わたしの気まぐれないじわるに、ジローは。 「ごめんね。ごめんね、ジロー」  ジローは、大きな瞳をパチクリさせて、ちょっと首をかしげた。  それから、はっと気がついたように、ゆっくりと、大きくうなずいたのだった。 「だいじょうぶですよ。こめだわら、まだいっぱいあるよ」  ……ちょっぴりズレてるところが、大好き。  わたしは、ジローのふかふかのお腹に顔をうずめた。なつかしい甘いにおいを吸い込む。
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