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◇ ◇ ◇
この日、夜遅くに秋良から電話が入った。秋良の母が予言した通りに。
「こんな時間にごめんなさい。母から伝言を聞きましたの」
電話の向こうから人の往来の慌ただしさが伝わってくる。
「いや、いい。おかえり」
一瞬息を飲んだ彼女は「……ええ」と応える。
「どうか?」
「いいえ。うれしくて」
「僕もだよ」咄嗟に口にして照れた。
電話の向こうとこっちで固まり合う中年男と中年にさしかかった女。
もし、ここに君がいたら自分はどうするだろう。
きっと抱きしめる。
人の目に構わず、彼女だけを見つめる。
「いつ頃戻れそうかい」
「自宅待機となりますけど、次のフライトは少し先になりますから、あしたには自宅に戻ります」
「なら出かけようか。君が行きたいところへ」
「……ま」
秋良が今回フライトへ出る前、じゃれるように話した。
遊び足りていない、私たちは、と。
「覚えていましたのね」
「君のことなら忘れない」
「夢の国でもよろしいの?」
「望むならどこなりと」
「あなたがいるところが私の居場所です」
電話が少し遠くなる。
秋良は他の誰かと話している声が聞こえ、そして言った。
「慎一郎さん、バスが来たようですからもう切ります、日を改めますね」
「ああ、わかった。待っている」
「ええ。……あなた」
がちゃりと受話器は置かれ、発信音が無機質に響く。
彼は名残惜しげに受話器をしばらく持ったまま立ち尽くした。
彼女を守る。その為に。
自分は真摯に向き合わなければならない。三浦とその息子ではなく、秋良と。
過去と今と明日のことと。
――できるだろうか、自分に。
早くも意気上がらない慎一郎だった。
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