第1章

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手首の内側にされた、赤い痕が消えない、痛いくらいの口付け。 今ではもうほとんど見えなくなった痕。 これが消えない内に、また同じ場所に口付けると言ってくれた、あの時からそう日にちは経っていないのよ、私!! 手首ごと抱きしめるように頬を寄せる。そしてカーテンの向こう側にいる彼を見た。 いつまでも立ち尽くす姿は、去りがたいように見えた。 時にしてわずか数ヶ月ほど前のこと。秋良が見合いを控えた前の日の夜、もやもやした思いを持て余して眠れなかった彼女は、窓の外を救いを求めるようにして目をやった。そこにいたのは慎一郎だった。 秋良は家の中で、慎一郎は戸外にいた。あの時、どちらともなく視線を交わした、心がお互いを呼び寄せたのだ。 「慎一郎さん」秋良はつぶやく。 お願い、気付いて。 私の声に耳を傾けて。 あの日と同じように心の声が言う。でも一方の声は違った。 ついさっきまで側にいた人を素っ気なく追い出しておいて、そう都合良く彼が気付くわけない。 あなたの我が儘はお互いを疲れさせるだけ。 ――そうよ、わかってるわ。でもどうしたらいいのか、自分でもわからないんだもの。 誰もこんな気持ちの時に、愛する人にどう振る舞ったらいいか教えてくれなかった。 カーテンを掴む手に力が入る。 その時だ。 慎一郎は彼の手首に唇を寄せた。秋良にしたように。 彼女が息を飲んだ時、顔を上げた彼と目が合った。 彼女の瞳に涙があふれ、頬を伝った。 恋する男女は寸暇を惜しまず求め合う。 一瞬でも離れることなどできるわけがない! 秋良は階段を駆け下りた。 私にどこへでも飛んでいける翼があればいいのに。 そうしたら私、まっさきにあなたのところへ行くわ。 「慎一郎さん!」 胸がいっぱいになって、思いを言葉にできないかわりに涙の数が増えていく。 愛してる、誰よりも私がこの世で一番あなたを。 だから、私を抱きしめて。 不安な私ごと包んで。 離さないで。 門扉の存在すらも忘れて、秋良は腕を広げて待つ彼の胸にすがり、熱い涙を流した。
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