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手首の内側にされた、赤い痕が消えない、痛いくらいの口付け。
今ではもうほとんど見えなくなった痕。
これが消えない内に、また同じ場所に口付けると言ってくれた、あの時からそう日にちは経っていないのよ、私!!
手首ごと抱きしめるように頬を寄せる。そしてカーテンの向こう側にいる彼を見た。
いつまでも立ち尽くす姿は、去りがたいように見えた。
時にしてわずか数ヶ月ほど前のこと。秋良が見合いを控えた前の日の夜、もやもやした思いを持て余して眠れなかった彼女は、窓の外を救いを求めるようにして目をやった。そこにいたのは慎一郎だった。
秋良は家の中で、慎一郎は戸外にいた。あの時、どちらともなく視線を交わした、心がお互いを呼び寄せたのだ。
「慎一郎さん」秋良はつぶやく。
お願い、気付いて。
私の声に耳を傾けて。
あの日と同じように心の声が言う。でも一方の声は違った。
ついさっきまで側にいた人を素っ気なく追い出しておいて、そう都合良く彼が気付くわけない。
あなたの我が儘はお互いを疲れさせるだけ。
――そうよ、わかってるわ。でもどうしたらいいのか、自分でもわからないんだもの。
誰もこんな気持ちの時に、愛する人にどう振る舞ったらいいか教えてくれなかった。
カーテンを掴む手に力が入る。
その時だ。
慎一郎は彼の手首に唇を寄せた。秋良にしたように。
彼女が息を飲んだ時、顔を上げた彼と目が合った。
彼女の瞳に涙があふれ、頬を伝った。
恋する男女は寸暇を惜しまず求め合う。
一瞬でも離れることなどできるわけがない!
秋良は階段を駆け下りた。
私にどこへでも飛んでいける翼があればいいのに。
そうしたら私、まっさきにあなたのところへ行くわ。
「慎一郎さん!」
胸がいっぱいになって、思いを言葉にできないかわりに涙の数が増えていく。
愛してる、誰よりも私がこの世で一番あなたを。
だから、私を抱きしめて。
不安な私ごと包んで。
離さないで。
門扉の存在すらも忘れて、秋良は腕を広げて待つ彼の胸にすがり、熱い涙を流した。
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