第1章

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 カタカタと音をたてて、つややかな黒いランドセルが揺れる。小さ過ぎる悠の身体には、背負っていると言うより背負われている感がどうしても強くなってしまうのは否めない。  やんちゃ坊主を絵に描いたような彼も七五三以来のスーツを着込まされて、今日ばかりは可愛い新入生に仕上がっている。紅い蝶ネクタイが、ちょっとだけ自分をエラそうに感じさせるのか、物怖じもせずにいた。そんな姿が一層わんぱく坊主の片鱗を見え隠れさせていて可愛い。いっそ、そんなスーツでは誤魔化し切れない好奇心の旺盛さが、彼を大人しくなどさせてはくれなかった。 「ユウ、おとなしくなさい…」  コツンと頭を叩かれて、ペロリと舌を出しては肩を竦める。昨夜、大人しくしないとランドセルを取り上げると叱られた記憶が蘇る。それにしては、意外にも母の顔は笑顔のままだったのだ。 「はぁい」  それに気を良くした悠は元気に答えると、母の手を引っ張るようにして小学校の門をくぐった。 「うわぁ…!」  校門の直ぐ横にそそり立つ、咲き急ぐ桜を見上げて悠は歓喜の声を上げた。 「すっごいや…」  見事な桜の大樹に反り返りそうになりながら見入ってしまう。何もかもが新鮮で嬉しい今日の日に、幼い悠の心を捕らえたモノのは、この桜の情景だったのかも知れない。 「キレイだなぁ…」  あんまり一生懸命に見上げたものだから、ランドセルを背負った体を支えきれずにそのまま後ろに転びそうになった。バランスを崩し掛けて「あっ」と思った時に、後ろから誰かに支えられた。 「あっ、ごめんなさい…お母さ…」  自分の後ろに立つ人を母以外に想像出来ず、悠は振り返って言葉を失くしてしまった。 「大丈夫?」  笑顔で応えたのは悠の知らない少年だった。早生まれの小柄な悠と比べれば、スラッとしていてスーツも良く似合っている。新入生独特のやたらに大きい名札が無ければ、上級生と思える落ち着きぶりさえあったのだ。 「大丈夫だよ!」  大事なランドセルに触られたせいもあって、悠は大きな瞳をくるくると動かしながら怒ったように言った。そうしてから改めて相手を見ると、見れば見るほどに自分よりずっと大人に見えた。ひとり勝手に怒る悠を面白そうに見詰めては、クスクスと笑う仕種がまさにそれだった。 「おまえ…誰だよ?」
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