五章

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 そのおかげ、と言うべきだろう。横たわる彼の体が、目に入る。 「……見つけた」 「あ?」  呆気にとられる幸三を無視し、インカムを起動した。 「咲人くん!」 『……早く逃げろ』 「ごめん、でも聞いて!」  明らかに迷惑そうな声色だ。ごもっともだったが、そこは強引にねじ伏せた。 「攻撃するなら、もう少し待って! すぐに隙ができるはずだから!」 『何故だ』 「あの鬼、さっき何を食べた?」 『……北条だろう』 「違う! 北条さんの右腕を食べたの!」  咲人がかすかに目を見開くのを、遠目に確認されながら、今度は静かに告げる。 「イソギンチャクの刺胞の毒を、直接注入された右腕を」  北条の様子を見れば分かる。仕組みは分からないが、彼が受けた毒は非常に強力なものへ変化していた。鬼の免疫力が人より優れていると仮定しても、直接腹に入れたのだから、何らかの異常が生じているはずだ。  自分を守ってくれる家族がいないのに、毒で満足に動けない体で逃げれば、遅かれ早かれ、準備を万全に整えた咲人に殺されてしまう。リスクを冒してでも咲人を殺し、それからじっくり傷を癒した方が、生き残る可能性は高くなる。だから、あの鬼は逃げずに立ち向かっているのではないか。 「北条さんと同じレベルの熱を出しているなら、じきに意識も朦朧としてくる! 正直すごく危ないけど……」 『隙ができそうなら、教えてくれ』  奈々子の言葉が終わらないうちに、鬼の爪をかわしながら、咲人は言った。 『頼む』  出発する前と同じ――背中は預けるという、意思表示。 「……任せて!」  咆哮で応じると同時に、素早い一閃が咲人の上着をかすめた。黒い生地が地面に散る。
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