白い悪魔と呼ばれる彼は

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もう近くに誰もいないことを肌で感じ取った俺は先程のため息よりも長く長く息を吐いて力を抜いた。 「……名前がないのがこんなに不便だとは思わなかったな」 物心ついたころから親と呼べる者はいなかった。 兄弟もいない。人間で言うところの親戚とやらもいなかった。 ずっと独りでこの世界を生きてきた。 特段生きることに執着はなかったが、幼い頃は死への恐怖が勝って必死に生きた。死に物狂いで戦い方を覚え、他者を蹴落とし、他者から食料を奪い貪り食い、住処を点々と移した。 時には強い妖怪と遭遇して死にかけたり、妖怪が見える人間に迫害されたりもしたが、どうにか生き延びた。 そして今は誰もいない静かな場所を求めて旅をしているところだった。 「ここにも村があるか……」 最近増えてきたな。人間も、妖怪も。 旅をしだしてから早20年。誰も寄り付かない場所を見つけることはなかった。人間はいなくとも強い妖怪の縄張りだったり、人間の村があったり。 人間も妖怪もいない場所なんてどこにもなかった。 長い年月を旅するにつれ、誰もいない静かな場所なんてどこにもないのかもしれないと思いはじめていた。最近では半ば諦めている。 それでも完全に諦めきれず、こうして旅を続けているのだが。 「……もういっそ、俺好みの環境を一からつくるか」 何気なくぽつりと呟いた。 弱い妖怪の縄張りなら一掃すればいい。人間が来たら殺せばいい。 なんだ、簡単なことじゃないか。 今までと変わらない。自分のためにどこまでも意地汚く残酷になる、ただそれだけのこと。 人に化けて人間社会に溶け込むこともできるが、人間には人間のくだらない柵がある。そんな面倒は御免だ。 妖怪の縄張りに入ってやり過ごしても妖怪同士のいざこざに巻き込まれるだけだろう。誰かの元に降るなんざ真っ平御免だし、妖怪共を率いるのも俺の性分じゃない。 馴れ合いなんて求めていない。ただ静かに、ひっそりと息を殺して生きていきたいだけなんだ。 「……どこか良い場所、あったかな」 のっそりと立ち上がり、尻尾についた土埃を払って適当な方角に足を向ける。 理想の住み処を求めて、再び放浪の旅に出た。
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