第1章

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「いや、上手くやっているならいいんだ」 「変なお兄ちゃん」 「……また、遊びにいく」 「いつもでも待ってるよ。ほら、有馬おじちゃんに何か言ってあげて」  電話の向こうで相手が変わる気配がする。 「おじさん。……待ってる」 「ああ。今度必ず行くよ」  妹に別れの挨拶して、俺は倉橋悟に電話をかけた。 「もしもし」  爽やかな青年の声が聞こえた。 「ああ。俺だ」 「お兄さんが電話してくるなんて珍しいですね」  夫婦して同じことを言う。それにお兄さんと言っても悟のほうが俺よりも五歳は年上だ今年で三十三歳になるはずだ。 「今日の仕事終わり一緒に食事しないか?」 「え? ええ。別に構いませんけど」 「妹には俺から言っておくよ」  本当は言うつもりはない。言うと妹も来たがるかもしれない。俺はこの男と二人で話をしたいのだ。悟の会社の側にあるファミレスで待ち合わせをして電話を切った。  待ち合わせの時間三十分前にはファミレスに入って悟を待っていた。店内は夕食時のピークを越えたのか客はまばらだった。  待ち合わせの時間ぴったりに悟は現れた。 「いやーお待たせしてしまいましたか?」  俺は首を横に振る。 「時間ぴったりだよ」  それはよかったと呟いて悟はコーヒーを注文する。 「で、話っていうのは? 僕とただ食事をしたいというわけじゃないんですよね」 「ああ。話というかな。お願いがあるんだ」 「お願いですか?」  ネクタイを緩めながら悟が問い返してくる。 「ああ」 「お兄さんのお願いなら喜んで引き受けますよ」 「そうか。それはよかった」 「何でも言ってください」 「じゃあ、妹と離婚してくれないか?」  ちょうど店員がコーヒーを運んできて、「失礼しました」と頭を下げてテーブルを離れていく。悟は呆然とした表情をしていた。 「いきなり何を言っているんですか?」 「無理を言っているのは承知しているでも、黙って別れてくれないか?」 「それはできません」  悟が真摯な顔で俺に頭を下げた。良い人だった。妹に始めて紹介されたときと印象が変わらない。真面目で誠実で人当たりがいい。 「理由を言わないと駄目か」 「聞いても別れることはできませんが、聞かずに考えることもできません」  俺は一息呼吸を吸って言葉を口に出す。 「俺と妹の両親が昔殺されていることは知っているよな?」  悟の表情が曇る。 「犯人。悟さんだろ」
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