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数年前、リストラされた父は、人生の生き甲斐をなくして怒りっぽくなった。いつもなにかに苛ついていて、まるで野性動物が人間を警戒しているみたいだった。
そんな父の身の回りの世話をしつつ、パートタイマーとして働く母にも精神的に余裕はなく、経済的にもあまりゆとりがあるとは言えなかった。
そのなかでの、姉の駆け落ち、勘当、事故死。相当堪えたと思う。いきなり目の青い彼氏を連れてきて、このひとと結婚するからと言われればそりゃ誰だってポカンとする。しかも相手はカタコトで、人柄を知ろうにも話ができないのではなにも始まらない。
さらに付け加えるなら、姉が連れてきた彼はどこぞの御曹司とやらで、余命幾ばくもないほど心臓に病を抱えているという。このことを正直に告白するあたりふたりは本当に真剣だったと父も母もわかっていたはずだけど、やっぱり不安要素しかない結婚にお祝いの言葉をかけてやることはできなかったようだった。
よく考えなさい、あなたはまだ若いのよ。
母が何度も言った。
海外になんて行って、なにかあったらどうするんだ。言葉だって通じないだろう。
父が繰り返し怒鳴った。
でも姉はうなずかなかった。
結局、彼に時間がないことを理由に、姉は日本から姿を消した。
そしてその十年後、思わぬ訃報が入ることになる。
姉の夫の死ではなく、姉本人の死。事故死だった。
夫のほうは細々と命を繋いではいたものの、一族とやらに連れ戻されていいところのお嬢様を本妻に迎えたという。彼の真意は知れないけれど、つたない日本語で何通も手紙が来たから――もしかしたら姉と彼は世界を敵に回すような恋をしていたのかもしれないと私は思った。彼も、彼の家族に結婚を反対されていたのだ。
周りを騒がせても守りたかった想いがあったのなら、それはそれで彼らの人生として有意義なことだったのだろう。
問題はふたりのことではなく、ふたりのあいだに生まれた命にある。
姉に子どもがいたのだ。もう十歳になる、姉そっくりな黒髪黒目の生意気なクソガキ。あまりにも日本人要素が強すぎて、彼の家族はその子を一族の子として認めなかった。要するに、跡継ぎにはしないということだ。それは彼のほうが子どもを引き取れないという意味でもある。
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