古く慣る

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※ 狸が宴の席に着いた瞬間からの宿の中は、油を注した歯車がよく回るのに似ていた。 忙しく動き回る給仕の女と、中でも台所の歯車は一際勢いよく回っていた。 「さっさとこの皿持って行きな! 手の空いてる奴は片付けに行け!」 女将はいつも以上に張り切っている。 こうなってしまえば、シノコもチヨも休む暇すらない。 大皿に詰められた大蛇の角煮だとか共鳴株のサラダだとか旬マグロの刺身だとかを運ばなくてはならない。 宴の席はどこも賑やかだった。 僧達は案の定、狸が化けたもので、今は流石と言ってはなんだが、腹太鼓を披露したりしている。 シノコは出来るだけ興を削がないように料理を卓に置き、音もなく部屋を出た。 提灯の下がった廊下で一息吐く。 壁の向こうから豪快な笑い声がくぐもって聞こえる。 給仕の女達が料理を両手に後ろを小走って行くのを見て、シノコはまた腕を捲った。 「女将、次は何を運べばいい?」 台所に戻って、皿に装いを付けている母親に尋ねる。 「この皿、呉竹に持って行きな。チヨが戻ってこないから、様子も見ておいで。禿げ狸と話してるなら別にいいんだけどさ」 「え、私もあの物の怪と話してみたい」 「食われちまうよ?」 女将は真面目な顔でレモンを添えた。それから眉根を寄せるシノコを見て、小さな笑い声を上げる。 「冗談だよ」 「意地悪」 「早く行っておいで」 シノコは鮭煮の大皿を女将から貰って、顔はふてくされたまま、心は浮足立って、奥の廊下を歩いて行った。
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